たおやかな絹が紡ぐ、美への道筋

袖を通すだけで凛とした佇まいをもたらす、シルク。
日本をはじめ各国の王侯貴族に愛されてきた天然繊維は、いま、ボディケアの世界でも存在感を高めています。
養蚕の現場で起こる変化と技術革新を通して、この素材に宿る力を探りました。

繭はやわらかそうに見えて、とても頑丈です。

衣から肌へ。シルクが辿る新しいかたち。

美しい光沢となめらかな肌触りーー。
“繊維の女王”とも呼ばれるシルクは、およそ2000年前に中国から伝来。蚕が作った繭から繊細な糸を紡ぎ、反物にし、帯や着物に仕立てられてきました。絹織物による優美な佇まいは、奈良・平安時代から日本の服飾文化を支えています。

江戸時代中期になると生糸の生産量が増加。幕末に始まった貿易で絹は、最大の輸出品となりました。1872年には明治政府によって官営の富岡製糸場が設立され、機械化に踏み切ります。“高品質”に重点を置いて生み出されたものは、欧米でも高く評価され、1909年には世界一の輸出国に君臨しました。

しかし、その黄金時代は長くは続きません。世界情勢のゆらぎや化学繊維の普及などのあおりを受けて、メイド・イン・ジャパンのシルクを取り巻く環境は荒波が続きます。現に、最盛期の1929年に220万戸を超えていた蚕農家は、2025年には113戸まで減っています。

それでも、私たちの暮らしとともに歩んできた絹。このしなやかな糸には、美しさをまとうだけでなく、すこやかな肌を育むパワーも秘められています。

「絹のような肌」を生み出せる⁉︎

すべすべした質感と上品な艶をたたえた肌を「絹肌」と呼ぶように、古くから“美”の象徴としても私たちを魅了してきました。

これまでは比喩として使われることが多かったこの言葉。近年はシルク自体にそれを育むポテンシャルがあると分かり、美容製品の原料としても注目を集めています。

その由縁は主成分であるフィブロインにあります。皮膚を構成するコラーゲンやエラスチンに似たアミノ酸組成を持つタンパク質は、肌との親和性が高いため、保湿成分として活用できるのです。さらに、光をやわらかく拡散させる性質から、透明感を引き出す役目もあるそう。

一方で国産シルクの生産量は右肩下がりであるため、化粧品に使える量は限りがあります。そんな課題を乗り越えようと、養蚕や製糸の現場に先端の技術を取り入れて、未来を切り拓く取り組みが始まっています。

30mm程度の大きさの繭が1300mもの生糸になります。

次世代の生産者へつなぐために。

新しい試みは日本最大の科学の街・つくばで進んでいました。つくば駅から車でおよそ20分。70年にわたって空調設備のエンジニアリングや設計を手がけてきた、新菱冷熱工業のイノベーションハブを訪れました。ここではオフィスや病院向けに開発した脱炭素技術など、最新テクノロジーの実験が行われてます。そのひとつである環境制御技術を応用し、養蚕の省人化と安定生産を実現する「スマート養蚕システム」の開発に尽力しています。

先端技術の研究と開発が繰り広げられるイノベーションハブ。

同社が開発した「MayuFacture®(マユファクチャー)」は、蚕にとって快適な環境(温度、湿度、空気の流れ)を自動で整える養蚕システムです。「Mayufacture®(マユファクチャー)」1台(12棚)で一度に約3万頭を育てることができ、従来なら約15畳分のスペースが必要だった飼育を、よりコンパクトな空間で実現しました。

糸を吐く直前に繭が作りやすいように、蔟(まぶし)と呼ばれる仕切りに移されます。

装置に卵を配置してからおよそ15日後に孵化する蚕は、その後30日ほどかけて脱皮を繰り返しながら成長します。生まれてから1ヶ月を迎えた頃に、糸を吐き始め、繭作りへ。最盛期には700頭で2kg近くのエサを食べるといい、その旺盛な食欲に驚かされます。

上蔟(じょうぞく/蚕に糸を吐かせること)を経て約1週間後に、繭を収穫。新菱冷熱工業では飼育を効率的に行うほか、エサにも工夫を凝らしています。そうして、農家の負担を軽くしているのです。

左/この小さなタネを「MayuFacture®(マユファクチャー)」に設置すると15日後に孵化します。
右/蚕は孵化からおよそ1ヶ月で6〜8cmまで成長します。

これまでは年5回程度だった飼育サイクルも、「スマート養蚕」では10回が可能に。一度の飼育で10kg程度の生糸が生産できるうえ、品質管理や生産履歴の把握もしやすくなりました。

最新の専門装置の出現は、養蚕にチャレンジするハードルを下げ、次の担い手へとバトンを渡す“糸口”になりつつあります。同時に高品質な量産体制が整うことで、絹の新たな活用にも期待が高まっています。

左/熱処理せずに繭を切る機械も開発し、作業時間の短縮にも貢献。
右/繭の上部をカットし、中にいる蚕を取り出します。

特殊技術で持ち味を引き出す。

西日本有数の養蚕県として知られる愛媛県で、2016年からシルク産業の再生に挑むユナイテッドシルク。同社は「Mayufacture®(マユファクチャー)」を導入し、安定した生産体制を構築してきました。

「地方から良質の素材を発信する」という信念のもと、絹の魅力をより多くの人に知ってもらおうと研究を重ね、化粧品原料としての活路を見出しています。

試行錯誤の末に生まれた純白のパウダー「Smartsilk®」はObiのキー成分でもあります。

その鍵となるのが、シルクの主成分であるフィブロインを繊細なパウダーへと加工する独自技術です。繭から同成分を抽出した後、花粉よりも小さな粒子に仕上げます。文章にすると簡単そうですが、この独自製法の確立には10年近い歳月を要したといいます。

こうして生まれたシルクパウダー「Smartsilk®」は、絹が本来持つ特性を保ちながら、ボディケア製品にも取り入れられるようになったのです。

Obiのマッサージボディクリーム、ソフトニングボディクリーム、スムージングボディスクラブには、これを配合しています。伝統産業を支えてきた繊維が最先端の技術によって素材に発展。「絹肌」という表現のひとつであったものが、実際に“美”を育むもののひとつになりました。

※「Smartsilk®」は三共生興・ユナイテッドシルク・新菱冷熱工業の登録商標です。「Mayufacture®(マユファクチャー)」で生産した繭由来であることを表します。

Text : Mako Matsuoka/Photographs : Yu Inohara 参考文献:報告書『繭と絹 歴史と文化でまちづくり』(一般財団法人 大日本蚕糸会)

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