
利島が育む、一滴の椿油
椿の花を愛で、油を暮らしに取り入れる。
そんな営みは、古来から日本人の美意識とともにありました。
東京都・利島村。
島の8割を椿山が占めるこの地では、いまも人の手で椿が栽培され、時間をかけて油へと姿を変えていきます。
Obiがすべての製品に使用する、同島産オーガニック椿油。
その背景にある風土とものづくりの現場を訪ねました。

まだ肌寒い季節に花を咲かせるヤブツバキは椿の代表品種です。
しっとりと艶を育む。
春の訪れとともにほころぶ、椿。あでやかな花姿は、万葉の時代から人々を魅了してきました。着物、絵画、うつわに民芸品……。見渡せば、この花の美しさを映したものが実に多く存在します。一方で、私たちはその実から採れる油を髪や肌に塗って、日々のお手入れをしてきました。

1〜3月の開花期を経て、実り、10〜11月に完熟。種子に含まれる油を肌や髪に塗布します。
さらりとした手触りですっとなじむ椿油。私たちの皮脂を形成するオレイン酸を豊富に含み、肌にうるおいを与え、やわらかな状態へ導きます。
皮脂は、乾燥や外部刺激から肌を守る”バリア”のようなもの。椿油はその働きを支えながら、しっとりとした状態を保ちます。さらに酸化しにくく、安定した品質を維持しやすいのも特長です。
厚い皮が覆う種子から採れる油はごくわずか。しかも、椿の木が実を付けるようになるまでには25〜30年もの歳月を要します。気の遠くなるような時間を重ね、椿油は生まれるのです。


オーガニック椿油のふるさと、利島へ。
東京・竹芝桟橋から船に乗り込み、南へおよそ132.7km。都心から静岡や長野と同じくらいの距離ですが、船路になった途端、大冒険のような感覚に包まれます。大海原を進んでいくと、やがて円錐形の島が静かに姿を現しました。
東京都利島村ーー。伊豆諸島で二番目に近い位置にありながら、防波堤がなく、海が荒れるとフェリーが接岸できないこともあります。そのため、どこか秘境のような空気をまとっています。
面積4.02㎢、周囲7.7kmというこじんまりとした島に約300人が暮らし、国内屈指の椿油の産地としても知られています。

シンボルの宮塚山そのものが島となっている利島。航海する人々の目印にもなっています。
潮と草木が混ざり合った香りが漂う島内を歩くたびに、この土地が自然とともに成り立ってきたことを実感します。
小さな島で、なぜこんなにも椿油づくりが根づいたのでしょうか。その発端は江戸時代までさかのぼります。平地がなく、湧き水や川もないこの地では、年貢となる米を育てることができませんでした。そこで人々は、雨水だけでも育つヤブツバキを植え、その種子から採れる油を上納していたのです。椿畑には「シデ」と呼ばれる笹の枝を使って雨滴を貯める水がめも残されていました。村に刻まれた営みの痕跡から、椿産業が紡いできた歴史の長さを実感します。
中央にそびえる宮塚山の裾野には、現在もおよそ20万本もの椿が植えられています。地域の8割が椿山であるため、開花期の1〜3月は島全体が紅に染まります。

椿畑の先には絶景が広がります。水平線の彼方に富士山を拝める日もあるそう。
椿の花で紅に染まる畑に足を踏み入れると、さえずりの合唱が出迎えてくれました。ウグイスやメジロ、ヒヨドリが椿の蜜を吸いながら花粉を運び、実らせていくのです。ちなみに利島で最強の野生生物はキジだとか! 穏やかな生態系が息づいています。
地面に目を向けると、淡紅色の花弁のすきまで茶色い実がころころと顔をのぞかせています。農家の人々は、熟して自然に落ちた実だけを一つずつ拾い集めます。果実が爆ぜるのを待って収穫するのは、利島ならではの方法。木々の営みに寄り添うように、結実の季節が流れていきます。
取り入れ時は10〜3月のおよそ5ヶ月間。最盛期の12月には、1日に1人で20kgほどの種子を採取することもあるそうです。道路に落ちた実は誰でも拾うことができ、集めた種子は農協が買い取ります。

枝上での見頃を終えると、花ごと地面に散らばります。
利島では漁に出る男性の傍らで、女性が椿油の生産を担ってきました。3世紀以上の時が流れたいまも変わらず、椿山を切り盛りしています。そんな彼女たちによって利島の椿油文化は受け継がれてきたのです。
また畑を囲む垣根には、浜のゴロタ石を使用。急斜面を登りながらそれらを運び、土地を切り拓いていったのも女性たちでした。島のあちこちに残る風景から、たくましく生きる彼女たちの姿が浮かんできます。
生産者の力強さもさることながら、椿そのものも生命力を備えています。水の少ない土地にも深く根を張り、一年を通じて青々とした葉を茂らせます。成長はゆるやかですが、樹齢40年くらいまではたわわに実をつけるのだとか。こうしたたくましさがあるからこそ、農薬に頼らず育てることができるのです。さらに傾斜地のため、除草剤も用いていません。
こうした栽培背景が評価され、2019年には原料として世界的なオーガニック認証「COSMOS ORGANIC」を取得しています。


椿油ができるまで。
じっくりと着実に芽を伸ばしていく椿。一方で利島では、農家の高齢化が進み、栽培に携わる人々や生産量の減少という課題も抱えています。江戸時代から続く椿油づくりを未来へつなぐため、農協では苗木を育成。生産者が栽培を続けやすい環境を整えることで、島の産業を支えています。
集落の一角にあるビニールハウスを訪れると、1〜5年目までの苗木がずらり。椿にとって最適な環境ですくすくと育った苗は、6年目に畑へ移植されます。
そこからさらに長い月日を重ね、ようやく花と実をつけます。


工場に足を踏み入れると、炒ったナッツのような香ばしさに包まれていました。利島では1979年から農協が椿油の製造を担っています。製油所ができる以前は、生産者自らが搾油を行っていたため、品質にばらつきもあったそう。それをJAが加工を一任することで、農家は栽培に集中できるようになり、完成品の椿油のクオリティーも安定しました。
入口に視線を移すと、白と青の袋が所狭しと積み上げられていました。その中には、収穫された種子がぎっしり。1袋あたり20kg入りのものを、農家の人々は400kg単位で持ち込みます。なかには4tもの実を納めた人もいるそう。この袋のかたまりは彼女たちが丹念に育て、毎日こつこつと採取した結晶なのです。
こうして運び込まれた実から、化粧品や食用に使われる椿油が生まれます。

袋には生産者の屋号が記されています。ちなみに白い袋は「COSMOS ORGANIC」認証を受けたものです。
JA利島では、生産者ごとに「搾油」までを行っています。誰が育て、どの実から採れた油なのか。どの畑で育ち、誰の手で収穫されたのかをたどれるようにするためです。袋に名前を記すのは、その証なのです。
油づくりは種子に混ざった落ち葉や小石を取り除く「前処理」からスタート。専用の機械で完熟した実だけを選り分けます。そこから工場内で8時間ほど乾燥させます。
そうしてメインである実を搾る工程へ。ここで種子から油へと姿を変えていきます。

袋を開けると艶のある実がどっさり!
「乾燥」から一夜明けると、いよいよ本番! 余分な水分が抜けた種子は、もっとも油がにじみやすい50〜60度まであたためられ、ゆっくりと圧搾されていきます。
搾油機からは、黄金色の油がとろり。滴り落ちる一番搾りの油は、計量タンクへ移され、生産者名と採油量が記録されます。採れた油の量に応じて、その場で農家の人々へ還元されます。
4月と10月、年に2回行われる搾油では、1日におよそ800kgもの種子を扱うといいます。


椿油づくりは、これで終わりではありません。
生産者ごとに搾油した原油を混ぜ合わせたあと、遠心分離機にかけてリン脂質を除去。さらに50〜60度のお湯を加えてかき混ぜる昔ながらの製法「湯叩き」を行い、不純物を丁寧に取り除いていきます。
現代の技術と伝統を組み合わせながら「精製」や「ろ過」を重ね、ようやく利島の椿油が完成するのです。
太陽の日差しをたっぷり浴びて育った実を搾る同品。手間ひまを重ねた先で出合う一滴には、高い純度とうるおいを支える豊かな成分を蓄えています。
Obiでは、そんな利島産椿油をすべての製品に取り入れました。


Text : Mako Matsuoka/Photographs : Kana Sato